赤茶けた峡谷には砂を巻き上げる風と、焼けた鉄の匂いが沈殿していた。
長槍を失い右脚部を破砕されたキマリストルーパー。
左腕の切断と同時に心臓部を停止したグリムゲルデ。
二機は敗北を象徴するかのように大地へ横たわったまま、もう動かない。
わずかに離れた場所で、ガンダム・バルバトスは太刀を岩盤へ突き立てた姿勢のまま静止していた。
コックピット内の三日月・オーガスの呼吸は乱れ、身体全体に細かな震えが走っている。
阿頼耶識システムを通して脳に叩きつけられるエラー音。
脊髄を焼くような痛み。
そのすべてが、彼の意識を白いノイズで塗りつぶそうとしていた。
――過負荷の限界だ。
それでも、三日月の表情には奇妙な静けさが宿っていた。
苦痛が支配しているはずの顔に淡い満足感が浮かんでいる。
「オルガが決めたんなら……俺は、やるだけだよ」
その言葉通り、彼の行動原理はただ一つ。
オルガが目指す未来を、最短距離で実現する。
そのための兵器であればいい。
自分が削れようと壊れようと関係ない。
敵機はすべて戦闘不能。
蒔苗を議場に送り届けるための、決定的な時間は稼ぎ切った。
その確信が、彼の身体に走る激痛すら一時的に麻痺させていた。
*****
議場には緊迫した空気が漂っていた。
代表候補の動向を見守る議員たちの視線が一点に集まる。
クーデリア・藍那・バーンスタインは、蒔苗を先導しながら歩を進めていた。
そのそばには負傷しながらも自らの贖罪の道を選んだフミタン・アドモスが寄り添っている。
蒔苗東護ノ介は、乱れた服を整えつつ演壇へと向かう。
ドルトコロニーでの虐殺、鉄華団が積み上げた血と汗。
――そのすべてが、この瞬間へと収束する。
沈黙が落ちた議場に、結果が読み上げられる。
「――アーブラウ代表選挙は、蒔苗東護ノ介候補の当選をもって決着する!」
その瞬間、クーデリアは胸の前で手を固く結び、長い吐息を漏らした。
隣でフミタンも静かに涙を零す。
ようやく、鉄華団が守ってきたものが形になる瞬間が訪れたのだ。
*****
同じ頃。
ガエリオ・ボードウィンは全身に包帯を巻いたまま、薄く意識を取り戻した。
肉体の痛みより深く刺さってくるのは――マクギリスの冷徹な告白だった。
「君の正義も、カルタの奮戦も、全ては改革の舞台を整えるための要素にすぎない」
友の裏切り。
純粋な秩序を信じてきた自分が、駒に過ぎなかったという現実。
その痛みが、彼の胸を焼き続けていた。
一方、別室のベッドに横たわるマクギリスは、静かに天井を見上げていた。
蒔苗の勝利、ギャラルホルンの威信低下、ガエリオの怒り。
それらすべてを、彼は理想のギャラルホルンへ進むための必然と捉えている。
失われたものではなく、築かれるべき未来を見る男。
その目は冷たく、そして揺るぎなかった。
カルタ・イシューは、野営地のテントで治療を受けながら敗北の事実を噛みしめていた。
守るべき誇りも、家の威光も、昭弘という、ただ守りたい者のために戦った男の前で粉砕された。
惨めなほどの敗北感が、彼女のプライドを深く砕いている。
三人は、三者三様の敗北を抱えたまま、なおも次の戦いを求めようとしていた。
鉄華団が開いた新しい普通の世界は、彼らにとってむしろ痛苦の始まりだった。
*****
地球降下後。
イサリビの残骸を改造した臨時指揮所に、ホログラムが点滅する。
「オルガ! やったぞ! これで鉄華団は正式な組織だ!」
ユージンの叫びが響いた。
ビスケットは力が抜けたようにその場に座り込む。
オルガ・イツカはゆっくりと立ち上がり、勝利報告を確認した。
元ブルワーズの少年兵を含む、すべての鉄華団の仲間たち。
全員が生き延び、ここにいる。
シオン・レヴィはスーツ姿のまま、静かに息を整える。
「蒔苗さんの勝利で……ついに開きましたね。あなたの言う『誰も使い潰されない居場所』への扉が」
彼は自らがかつて見逃した理想と腐敗の狭間の子どもたち――マクギリス、ガエリオ、カルタの姿を思い浮かべていた。
過去の後悔を胸に、今回は誰一人死なせなかった。
その事実が、彼に静かな贖罪を与えている。
「無駄な死は最も道徳に反する行為です。あなたと三日月くんは、それを乗り越えた」
オルガは深く頷いた。
勝利の重みとともに、新しい責任が肩にのしかかる。
「わかってる。……ここからが本番だ」
彼は鉄華団の仲間たちへ向き直り、はっきりと言った。
「法的に認められた場所をどう守るか。どうやって全員が普通の世界で生きていくか。戦いはこれからだ」
その拳は、戦場の勝利ではなく――仲間全員で手に入れる新しい普通の世界へ向けた決意で震えていた。
鉄華団の旅は、ここから『生きるための戦い』へと姿を変える。
そして世界は彼らが背負う数多の真実と敗北の上に、静かに幕を開けていく。
鉄血のオルフェンズ 鉄の子どもたちと戦略家の道徳 第23話
赤茶けた峡谷に吹き荒れる砂風が、燃えた鉄の匂いを巻き上げていた。
三日月・オーガスの乗るガンダム・バルバトスは、岩肌を削るような駆動音を響かせながら、キマリストルーパーとグリムゲルデを正面に見据える。
蒔苗東護ノ介を議場へ送り届ける——。
そのために必要な時間を三日月はただ力でこじ開ける。
それだけがオルガから託された役目だった。
バルバトスが太刀を構えた瞬間、荒野が破裂したような轟音が響く。
三機のモビルスーツが砂塵を巻き上げながら一斉に距離を詰めた。
長槍が閃いた。
ブレードが白い装甲を削った。
その全てを三日月は阿頼耶識の直感だけで捌く。
動きには一切の迷いがなく、その姿はまるで生きた武器のようだった。
太刀がキマリスの腕部をかすめ、散った火花が昼空に赤い軌跡を描いた。
その一瞬を狙うようにマクギリスの声音が無線に流れる。
「ガエリオ。君の友情には感謝している。だが、それはここで終わる」
槍を振り抜くガエリオの動きが凍りつく。
「マクギリス……どういう意味だ」
紙一重で刃を避けながら、マクギリスは淡々と続けた。
「私はギャラルホルンを変える。七星勲章による腐敗した支配を打ち砕き、清廉なる秩序を築く。——そのために、火星の野良犬どもと契約した」
「……何?」
「君の正義も、カルタの奮戦も、全ては改革の舞台を整えるための要素にすぎない」
ガエリオの肺が大きく震えた。
信じた友に裏切られ、自分が利用されていたという現実が胸を刺す。
「お前……! それでも俺を友だと言うのか!」
「もちろんだ。君は愛すべき友人だ。だからこそ、君の純粋さには礎となってもらう価値がある。大義のための犠牲を君なら背負える」
その瞬間、ガエリオの怒りがキマリストルーパーを咆哮させた。
「ふざけるなあああッ!!」
ガエリオはバルバトスを無視し、長槍をマクギリスに突き立てるため一直線に突進する。
だが——。
「……邪魔」
三日月のバルバトスが、獣のような動きで二機の間に割り込んだ。
オルガの命令はただひとつ。
潰せ。だが、生かせ。
彼にとって二人の感情は、ただの雑音だった。
阿頼耶識を限界まで開放した瞬間、背中の手術痕から奔る電流が神経を焼き、視界の端が白く飛ぶ。
それでも三日月の顔は無表情だった。
苦痛さえ、戦闘の情報の一部でしかない。
次の瞬間、バルバトスの動きは獣を超えた何かになった。
メイスが唸り、太刀が閃き、砂塵が爆ぜる。
三日月は二機を相手に一歩も引かず、むしろ敵を同時に抑え込むように暴力的な連撃を叩き込んでいく。
不意の連続攻撃に、ガエリオとマクギリスの動きが研ぎ澄まされる。
二機がまるで連携するようにバルバトスを挟み込み、岩壁へ押し込んだ。
「この力……どこまで——!」
「動物はしっかりと躾けなければな」
勝利を確信したマクギリスが低く笑う。
岩壁に追い詰められながらも、三日月の意識は静かだった。
——蒔苗を議場へ送る。
——オルガが見ている仲間の居場所のために。
そのための時間を作る。
それが自分の価値だ。
三日月は姿勢を低くし、脚部スラスターに瞬間的な過負荷を与えた。
「……行く」
爆発的な加速とともに、バルバトスは岩壁を蹴って跳躍した。
落下の勢いを乗せたメイスが、キマリストルーパーの右脚部へ命中する。
鈍い破砕音が響き、キマリスは制御を失って崩れ落ちた。
続けざまに太刀が閃き、グリムゲルデの左腕を切断する。
赤い残光を引きながら、関節部が砂の上に転がった。
二機の駆動音が止まり、戦場には一瞬の静寂が訪れた。
三日月は大地に太刀を突き立て、息を荒げた。
阿頼耶識のエラー音が脳に直接響く。
身体が軋み、視界が揺れる。
それでも——オルガの進む道を開け。
その一点だけが三日月を立たせていた。
*****
砂煙が落ち着く頃、二機のグレイズが戦場に降り立った。
クランク・ゼントとアイン・ダルトン。
馬鹿な突撃で市街地を危険に晒したカルタ隊の暴走を止めた二人は、静かな使命感に突き動かされ、この場所へ来たのだ。
クランクは損傷したキマリスとグリムゲルデを見渡し、ゆっくり息を吐く。
「……バルバトスは撤退したか」
アインが近づき、損傷した機体のコックピットを確認する。
「クランク二尉、彼らを——」
「救うぞ」
迷いのない声だった。
「ギャラルホルンの理念は無駄な死を肯定しない。たとえ彼らが内部でどれほどの矛盾を抱えていようと……命は守られるべきだ」
アインはその言葉に胸を突かれた。
憎悪の渦中で揺れる自分の正義が、少しだけ形を変えた瞬間だった。
「了解しました……!」
二人は静かに、倒れた二機を回収し始める。
友を裏切り理想を追う者。
友を信じ、裏切られた怒りに震える者。
そのどちらの命も、戦場から拾い上げる者。
クランク・ゼントの行動は、鉄華団の少年たちを救おうと決めたシオン・レヴィの信念と確かに重なっていた。
鉄と血の荒野が静まり返る。
その頃、蒔苗東護ノ介を乗せた輸送車は、誰にも阻まれることなくエドモントンへと走り続けていた。
鉄血のオルフェンズ 鉄の子どもたちと戦略家の道徳 第22話
重く湿った大気が、赤茶けた荒野に澱んでいた。
エドモントン市街地へ向かう峡谷地帯。
三日月・オーガスを乗せたガンダム・バルバトスが、ガエリオ・ボードウィンのキマリストルーパーとマクギリス・ファリドのグリムゲルデを引きつける激戦の最中だった。
その主戦場からわずかに隔てられた荒地で、 重く湿った大気が、赤茶けた荒野にまとわりつく。
地平の向こうでバルバトスとキマリストルーパー、そしてグリムゲルデが火花を散らし合う轟音が、何重にも反響して響いてくる。
その激戦区からわずかに離れた峡谷の外側——。
カルタ・イシューが差し向けた残存部隊が、追撃の進路を求めて蠢動していた。
クランク・ゼント二尉の介入により市街地への無秩序な突入こそ阻まれたが、カルタの苛立ちは収まらない。
「鉄華団の雑兵どもが……! なぜ私の邪魔をする!」
通信越しのカルタの声は、苛立ちを通り越して半ば悲鳴に近かった。
ガエリオもマクギリスも相手にせず、自分だけが残存部隊の指揮をせねばならないという屈辱。
プライドが焼け焦げる音すら聞こえそうだった。
そのカルタ隊の前に、鉄華団の二機が立ちはだかった。
昭弘・アルトランドの グシオンリベイク。
ノルバ・シノの 二代目流星号。
「来たか。ボンボンども」
シノは小さく舌打ちしながらスロットルを握る。
流星号のフレームは震えるほどの反応速度を叩き出し、ピンクの外装が砂埃の中で揺らめく。
「昭弘。オルガの命令は変わんねえ。生かして突破する。死なせたら、あいつ怒るぞ」
「ああ。……わかってる」
昭弘は短く応えた。
その声は静かだが、底に鋼の意志が宿っていた。
敵の一斉射撃が降り注ぐ。
——ドガン。ガギィン!!
装甲を叩く衝撃がコックピットを震わせ、金属音が低く腹に響く。
しかし昭弘は、一歩も退かない。
「守る……俺たちの道を」
装甲に削り跡が走る中、昭弘は地面を蹴った。
リベイクの巨躯が砂塵を巻き上げ、敵編隊へ突進する。
ハルバードが閃光を引き、二機のグレイズリッターを同時に絡め取る。
フレームが悲鳴を上げ、鉄がねじ切られる感触が操縦桿を通して伝わる。
昭弘は一気に捻り上げ、そのまま両機を地面へ叩きつけた。
土煙と金属片が弾け飛び、敵は戦闘不能に沈む。
「昭弘、派手だねぇ! 残りは俺だ!」
直後、シノの流星号が視界を切り裂くように加速した。
低空から伸びる光の尾とともに、敵の照準がまったく追いつけない狂速度のステップ。
流星号は一瞬で距離をゼロにし——バンッ!
敵のセンサーを撃ち抜き、そのまま横薙ぎに回避。
次の刹那には背後へ回り込み、右脚スラスター逆噴射による急減速から、死角へバトルアックスを叩き込む。
「見たか! 俺様の新しい流星号のキレ味!」
シノの軽口と同時に敵隊列は乱れ、昭弘がその隙を逃さない。
グシオンリベイクの砲撃が、崩れた隊形を粉々に砕いていく。
*****
その頃、戦場後方の臨時指揮所では、少年たちが必死に兄貴分たちを支えていた。
コンソールの光が彼らの顔を照らす。
タカキ、ライド、ヤマギ、ダンジ、そして元ブルワーズの昌弘、アストン、デルマ、ビトー、ペドロ。
「アストン、リベイクの装甲温度が限界突破だ。急いで伝えて!」
「わかった!」
タカキがタブレットを叩く音が、指揮所に緊張を走らせる。
その隣で、昌弘は拳を強く握りしめていた。
一度失いかけた兄さんをまた失いたくない。
彼の胸の奥で過去の恐怖と、今得た守る側としての誇りがせめぎ合う。
「昭弘兄ちゃん! 右から二機来る! グレイズリッター……すごい速度だよ!」
声が震えていた。
それでも、逃げなかった。
『助かる、昌弘!』
昭弘の声が返ってきた瞬間、昌弘の表情がわずかに緩んだ。
昭弘はすぐさま300mm滑腔砲を放ち、爆煙の中で急旋回し、増援の進路を塞ぐ。
「弾薬を前線へ! 流星号もそろそろ尽きる!」
ヤマギの指示で、ダンジがモビルワーカーを加速させる。
埃を撒き散らしながら補給物資が運ばれ、二機へバトンが繋がる。
「助かったぜ、ヤマギ!」
流星号は再び戦場に飛び出していった。
*****
だがそのとき、砂嵐の向こうから影が迫る。
——カルタ専用グレイズリッター。
赤い塗装を施し、深緑の装甲を太陽光に反射させながら、満身の怒りを乗せ突進してくる。
「貴様らごときが……私の進軍を、私の栄光を、阻むなあああ!」
カルタの叫びはほとんど絶叫だった。
その勢いは乱戦に割り込みながら昭弘めがけ一直線。
シノが声を上げた。
「昭弘!? あれ……マズいぞ!」
「……俺がやる」
昭弘の返答は静かだった。
だが、コックピットの奥で握られた拳には、兄としての怒りが宿っていた。
カルタの一撃が砂煙ごと斬り裂く。
高速剣技——本来ならエースパイロットを仕留める速度だ。
昭弘はハルバードで受け止める。
——ガガガガガッ!!
凄まじい火花が散り、衝撃で大地が割れたように振動する。
「どうして避けないの!?」
カルタの怒声が通信を割く。
「退く理由がない。……守るものがある」
昭弘は低く呟き、反撃に転じる。
ハルバードの重さ。
腕部フレームに響く負荷。
振動が骨ごと揺するような重衝突。
そのすべてを、昭弘は正面から受け止めた上で押し返した。
「こんな……こんな野良兵に……!」
カルタの声が震える。
焦り、恐れ、屈辱。
プライドが砕けていく音がはっきりと聞こえた。
その一瞬、昭弘は迷わなかった。
「退け」
彼はハルバードを旋回させ、カルタの右腕部装甲を叩き折る。
深緑のパーツが宙に飛び散る。
続けざまに追撃。
リベイクの脚部推進剤が砂を爆発的に跳ね上げ、カルタ機の左脚を巻き込んで地面に叩きつけた。
悲鳴混じりのカルタの通信。
「やめ……やめろ!! 私は……イシュー家の……!」
「関係ない。ここを突破する。それだけだ」
昭弘のハルバードが、カルタ機の頭部へ突き立てられる寸前——。
その刃先を彼は意図的に逸らし、殺さずにコックピット横を砕いた。
赤い塗装が施された深緑のグレイズリッターは、砂煙に沈んだ。
その瞬間、敵部隊全体の士気が崩れ落ちる音がした。
*****
後方指揮所では、少年たちが歓声を上げる。
「昭弘兄ちゃん……勝った……!」
昌弘は涙をこらえきれず、袖で拭った。
自分の言った情報が兄を救った。
兄が、自分の声に応えてくれた。
それは彼が自分のことだけでなく、誰かのために行動できる存在になった証だった。
*****
敵隊は機能不全となり、撤退を開始。
昭弘とシノは、輸送車列と三日月の陽動作戦を完璧に守り切った。
誰も死なず、誰も取りこぼさず——。
鉄華団はまた一つ、居場所を強固にしたのだった。
鉄血のオルフェンズ 鉄の子どもたちと戦略家の道徳 第21話
濡れたように重い空気が地表から立ち昇り、鉄の匂いを含んだ風が低く唸っていた。
地球・エドモントンへと続く最終防衛ライン――そこは鉄華団が生き残れるかどうかが決まる、極限の境界線だった。
強襲装甲車隊の先頭。
車体は振動を撒き散らしながら荒野を駆け抜け、車内の空気は張りつめている。
オルガ・イツカは揺れる天井を見上げ、隣席のシオン・レヴィに目を向けた。
ホログラム端末には、青白い網状の戦力図が脈打つ光を放っている。
「オルガさん。敵主力は正面の峡谷です。ガエリオ・ボードウィンとマクギリス・ファリド。ガンダムフレームと、それに匹敵する機体の組み合わせ」
オルガは息を吸い、鉄臭い空気を肺いっぱいに満たした。
「マクギリスは俺たちを政治の駒にしたい。ガエリオは奴の真実に辿り着くために、躊躇なく踏み込んでくる。どいつもこいつも、目的のためなら手段を選ばねぇ」
そのタイミングで通信が開き、ビスケットの声が響いた。
「オルガ。蒔苗さんの車列、もう限界。一分でも遅れたら代表選に間に合わない」
蒔苗東護ノ介を議場へ送り届ける――。
それが、鉄華団が法の側に立てる唯一の道だ。
オルガは通信機を強く握り、噛みしめるように言った。
「ユージン。蒔苗さんの車両を全力で先行させろ。囮は……バルバトスだけで充分だ」
シオンが深く頷く。
「武力で時間を捻り出し、政治で決着をつける。この両輪が噛み合わなければ、鉄華団は正当に存在できません」
オルガは通信を別回線へ切り替えた。
「ミカ。最後の仕事だ。正面のガエリオとマクギリスを――足止めしろ。……潰せ。だが、生かす。俺たちはこれ以上、無駄な血を流さねぇ」
格納庫の巨大な扉が開き、白い巨影が地を踏みしめた。
ガンダム・バルバトスが太刀を握りしめ、荒野へと跳躍する。
「……わかったよ、オルガ」
三日月の声は、無色だった。
怒りでも恐怖でも嬉しさでもない。
ただ、オルガの命令という唯一の意味だけを音にしていた。
*****
エドモントン郊外。
赤茶けた地面に砂煙が舞い、空は鉛色に染まっている。
先に降り立っていたガエリオのキマリストルーパーが長槍を構えた。
隣でマクギリスのグリムゲルデがブレードを抜く。
「オルガ・イツカ……ここで幕を引く!」
ガエリオは叫び、目を血走らせた。
その後ろで、マクギリスが口角を上げる。
――ガエリオの義憤は利用しやすい。
二機が構えた瞬間、白い閃光が戦場を切り裂いた。
「……邪魔」
三日月。
バルバトスの太刀が風を裂き、二体へ同時に襲いかかる。
キマリスの長槍がバルバトスの肩装甲を抉り、火花を飛ばす。
グリムゲルデのブレードがバルバトスの腹部へ滑り込み、金属音が弾けた。
だがその全てを、三日月は直感で弾き、転がし、ねじ伏せる。
阿頼耶識から逆流する衝撃に、三日月の神経は焼かれるような痛みに晒されていた。
背骨の奥で電流が暴れ、心拍が速まり、視界の端が白く染まる。
それでも――兵器としての身体は揺らがない。
*****
同時刻、エドモントン市街地近郊。
カルタ・イシュー率いる追撃部隊が、完全に速度を上げすぎていた。
「鉄華団の輸送車両を逃がすな!!あのような野良犬どもに、我らが遅れを取るわけにはいかぬ!!」
怒声が通信回線を汚し、彼女の隊は統制を失いつつあった。
モビルスーツが市街地へ突入し、ビルの窓ガラスが圧力で割れ、電力線がエイハブ・リアクターの干渉で火花を散らす。
このままでは――民間人が巻き込まれる。
その瞬間、側面から深緑の二機が乱入した。
クランク・ゼント。
アイン・ダルトン。
クランクのグレイズが両腕を広げ、カルタ隊の進路を封鎖する。
『カルタ艦隊、全機に告ぐ――戦闘を停止せよ!』
秘匿回線を通じて、戦場に稲妻のような声が走った。
カルタは息を呑んだ。
「貴様……クランク二尉!? なぜ止める!! 道を空けろ!!」
クランクは、揺るぎない声音で言い放つ。
『無差別に市街地へモビルスーツを突入させるなど――ギャラルホルンの理念そのものを汚す蛮行!!』
カルタの顔色が変わる。
『鉄華団のモビルスーツはボードウィン監査官とファリド監査官が相対している! ならば我々は市民の安全を守るべきだ!!』
「黙れ! 貴様は……!」
『鉄華団を憎むなら、私を倒してから行くがいい。その間に――蒔苗氏は議場へ辿り着くだろう』
クランクはシオンと交わした倫理を胸に、ギャラルホルンとして唯一正しい行為を選んだ。
その決断が鉄華団の道を開く。
*****
バルバトスはなおも戦っていた。
キマリスの刺突が外れ、地面に深い穴を穿つ。
大地が震え、割れた土砂が爆ぜる。
グリムゲルデの刃がバルバトスの左前腕をかすめ、装甲が剥がれ、油が飛散した。
だが――三日月の表情は変わらない。
「……どけよ」
低く呟いた瞬間、バルバトスは爆発的な踏み込みで前進した。
太刀を振りかぶり、空気が裂け、圧が弾ける。
鉄と意志、政治と正義、憎悪と理性。
全てがこの一点に収束していく。
物語は、ついに最後の局面へ――転がり始めた。
鉄血のオルフェンズ 鉄の子どもたちと戦略家の道徳 第20話
地球・ミレニアム島。
濃密な水蒸気が肌へまとわりつく熱帯の密林。
その奥で強襲装甲艦イサリビの黒く焦げた残骸が静かに横たわっていた。
鉄と油の臭気をまだ放ち続ける巨体は、地球降下作戦における鉄華団の敗北と裏切りの爪痕を、生々しく語り続けている。
前夜――。
オルガ・イツカは、崩れ落ちかけていた心を三日月・オーガスとビスケット・グリフォンに支えられ、仲間全員の生存という事実に再び指揮官としての意志を灯していた。
また、シオン・レヴィはオルガへ、自身とマクギリス・ファリドの過去、そして彼らを救えなかった後悔を初めて語った。
その告白の果てに、シオンは鉄華団の未来を導くことを贖罪として背負うと誓っていた。
*****
ミレニアム島の臨時整備区画。
湿気と鉄粉が入り混じるその場所で、おやっさんことナディ・雪之丞・カッサパ、ヤマギ・ギルマトン、そして生き残ったブルワーズの少年兵たちが、残された資材と損耗した戦力を黙々と再構築していた。
覆い布の下で、三日月の乗るガンダム・バルバトスが静かに横たわっている。
大気圏突入の傷跡が装甲に残り、鋭い切断面には焦げ付きが黒くこびり付いていた。
それでも、その存在は鉄華団に残された最も強い矛であることに変わりはない。
その隣で昭弘・アルトランドが修復されたグシオンリベイクの胸へ手を置いていた。
目には決意が宿っている。
――弟と仲間を守る。
そのためなら、どんな地獄でも踏み込む。
彼の呼吸は静かだが、その奥底には破裂しそうなほどの熱が渦巻いていた。
「リベイクの調整は終わったか? おやっさん」
「おうよ。ギリギリだが、どうにか間に合ったぜ。重装甲を削って軽量化した分、動きは段違いだ。……まあ、お前の戦い方に合わせた結果だな」
昭弘は短く頷き、深く息を吐いた。
一方、ノルバ・シノはピンクに塗られた旧グレイズ――しかしほぼ中身は別物の機体――を見上げていた。
ヤマギが新しい機体構成のデータを渡す。
「シノ仕様に振り切ってみたよ。反応速度は限界まで上げてる」
「……へっ、充分すぎるねぇ」
コックピットへ登りながら、シノはふと軽口を漏らす。
「しかし、名前がねぇと締まらんよなぁ……」
天井の換気ダクトから差し込む光が、機体表面のピンクに白く反射した。
「よし。こいつは二代目流星号だ。モビルワーカーだろうがモビルスーツだろうが、俺が乗る限り、星みてぇに突っ走らせてやる」
ヤマギは嬉しそうに笑った。
*****
イサリビのブリッジ跡を改造した仮設指令室。
泥と湿気の臭いが混ざる空間で、オルガ・イツカがシオンとビスケットに向かい合っていた。
奥では蒔苗東護ノ介が渋い顔で湯を啜っている。
「残存戦力は――バルバトス、グシオンリベイク、流星号。イサリビは航行不能。モビルワーカーは補給と警戒に回す」
厳しい現実。
しかしオルガの声は揺らがない。
その瞬間、シオンの極秘通信端末が微かに光る。
ギャラルホルンの秘匿回線だ。
「……クランクさんか」
シオンは即座に暗号化を行い、通信を傍受する。
火星事件の際に出会ったクランク・ゼントは、組織内部から情報を提供する立場へと密かに転じていた。
数十秒後、シオンは端末を閉じる。
その表情は硬く、だが冷静だった。
「オルガさん。カルタ・イシューの艦隊から分派された部隊の動向です。ミレニアム島近海に、先行して戦力を投入するとのこと。……我々を追い詰め、殲滅するつもりです」
シオンはホログラムを展開する。
エドモントンへ向かうルート上にいくつもの青白い線が密集していた。
「グレイズリッターの編隊も含まれています」
オルガの拳が小さく震える。
「――ここで叩く。裏切りで失った力を取り戻す」
「蒔苗さんをエドモントンへ届けるには必要不可欠です。こちらの戦闘能力を示し、敵の追撃力を削ぐ。実戦テストとしては最適でしょう」
シオンの声は冷徹だが、仲間を守るための強い意志が宿っていた。
オルガは格納庫へ向けて短く叫ぶ。
「ミカ、昭弘、シノ――出撃だ! ここから先は全部叩き潰す!」
*****
ミレニアム島の海岸線。
白い飛沫を弾きながら、三機のモビルスーツが飛び立った。
先頭を切るのはバルバトス。
両側にはグシオンリベイクと流星号。
三本の閃光が大気を切り裂く。
「三日月くんは正面を突破。昭弘くんは側面支援。シノくんは撹乱と狙撃です!」
「うん」「了解」「あいよ」
それぞれの声が、戦場へ向かう緊張を一気に切り裂いた。
待ち受けるのは、カルタ艦隊が送り込んだ五機のグレイズリッター。
華美な装飾が施された軽装甲の騎士機たちが、嘲笑を乗せて通信を開く。
「たった三機で我々に挑むとは。鉄華団とは、この程度か!」
だが、その嘲笑は――。
ほんの一秒後、音もなく消えた。
三日月のバルバトスが太刀を抜き、白の残像と共に跳躍。
敵隊長機の目前に消えた。
「――なっ!?」
閃光。
関節を斬り落とされたリッターが、空中で崩れた。
「援護だ!」
昭弘が両腕にライフルを構え、側面から突入。
二機を同時に捕捉し、弾丸が装甲を貫く。
敵機が海面へ叩き落とされた。
その後ろで、流星号が赤い光を残しながら滑り込み、敵機の背面に回り込み、アックスを振るう。
「ぶっ飛べやァァァッ!」
アックスが装甲を引き裂き、金属の悲鳴が密林に響いた。
三者三様の動き。
しかし隙はない。
鉄華団は失われたものの痛みを背負ったまま――より強く、鋭くなっていた。
戦闘は三分で終わった。
「……全機行動不能。パイロット、生存確認」
ビスケットが息を吐いた。
オルガはわずかに笑う。
「よし。――再起の証明は、十分だ」
拳を握りしめて叫ぶ。
「エドモントンへ進路を取れ! ここが……俺たちの、最後の戦いだ!」
鉄血のオルフェンズ 鉄の子どもたちと戦略家の道徳 第19話
地球、ミレニアム島。
濃密な水蒸気が肌にまとわりつく――まるで、この島そのものが巨大な肺となって、静かに呼吸しているかのようだった。
湿気に濡れた熱帯樹林の葉がざわめき、その向こうに墜落した強襲装甲艦イサリビの黒い残骸が鈍い光を放つ。
艦体は大地に深く食い込み、衝突の衝撃でめくれ上がった装甲片が地面に突き刺さるように散乱している。
表面は焼け爛れ、金属の焦げた匂いが湿気に混じって鼻の奥まで染み込み、呼吸をするたびに胸の奥をざらつかせた。
その前でオルガ・イツカはただ立ち尽くしていた。
焦げ付いた艦橋の残骸を見下ろすその瞳には、恐怖も怒りも浮かんでいない。
すべてを抱え込もうとした精神の器が、いまにも壊れかけている――そんな危うさが漂っていた。
背後から疲労の塊のような声が聞こえた。
「オルガ……」
振り返ると、ビスケット・グリフォンが泥に塗れた姿で立っていた。
額には汗が滲み、服の至るところに血と油が斑点のように付着している。
「俺たちの……全部だ。全部、失ったんだ」
その言葉はオルガの内側の空洞に静かに落ちていった。
「裏切りを承知で乗った……。それでも、シオンさんの戦略が……ここまで読めなかった……」
声はひどく細い。
呼吸のたびに、胸の奥で何かが折れそうな音が聞こえそうだった。
少し離れたところで、シオン・レヴィが森の奥を凝視していた。
彼の眼鏡の奥の瞳は、過去の亡霊へと焦点を合わせている。
その姿は現実を生きているというよりも、後戻りできない時間の裂け目に呑まれかけているようだった。
――そのとき。
背後で土が踏みしめられる気配がした。
振り返ると元ブルワーズの少年兵たちが、沈黙のまま整列していた。
昌弘、アストン、デルマ――そして、名も語られたことのない、小柄で痩せたこどもたちが十数名。
彼らの視線の先には、並べられたコクピットブロックと、爆散したマン・ロディの残骸。
焦げて歪んだ外装。
中身を守るために破断したフレーム。
腕部だったものは黒焦げの塊となり、指の一本一本がちぎれたように転がっていた。
その惨状を見たアストンは、壊れたマニピュレーターに手を伸ばしかけ――震えながら止めた。
呼吸がうまくできていない。
デルマはその場にへたり込み、両手で顔を覆って震えていた。
誰も言葉を発しない。
ただ、生き延びてしまったという事実だけが、彼らの胸に鋭く突き刺さっていた。
壊されて当然だった命が、誰かの犠牲によって守られたという事実。
その重さが彼らの肩にのしかかる。
そんな沈黙の中――オルガの背後に、音もなく影が立った。
「オルガ」
三日月・オーガス。
表情は変わらず、疲労すら感じさせない。
だが、その無機質な眼差しが、この惨状全体をただ確認しているのが分かった。
三日月は手に持っていた焼け焦げた装甲片を、オルガの前に差し出した。
「これ。オルガが言ったから、落としたよ」
オルガはゆっくりと破片を受け取った。
表面は熱を失ってもなお黒く湿り、砕けた断面には赤錆の匂いが微かに残っている。
「……もう潰すものがない。何を潰せばいい?」
三日月の声は機械的な淡白さの中に、ほんの僅か、行き場の失われた力が滲んでいた。
その問いに先に反応したのはビスケットだった。
「違う、オルガ!」
彼はオルガの腕を掴み、強引に振り向かせた。
「失ったのは物だ! でも、見なよ……!」
ビスケットは、元ブルワーズの少年たちへ手を向けた。
「ここにいる全員、生きてるんだ! 三日月も、昭弘も、フミタンも、ブルワーズの子たちも……誰も死んでない!」
その声は涙で震えていた。
「俺たちが守りたかったのは装備じゃない。仲間だ。命だ。そのために……俺たちは勝ったんだよ、オルガ!」
オルガの瞳の奥で、薄暗い光の欠片がわずかに揺れた。
全員が、死んでいない。
それは、確かに勝利なのだ。
その事実が、胸の奥でひび割れた何かに少しずつ染み込んでいき――。
「……ああ。そうだな。終わってねぇ……ここからだ」
ようやく、オルガの拳に力が戻った。
*****
森の奥、密林の影に隠れるように作られたキャンプ地。
そこでは一人の老人が椅子に腰掛け、蒸気を上げる湯呑みを手にしていた。
蒔苗東護ノ介――鉄華団が守るべき荷物であり、同時に未来を左右する鍵でもある男だ。
鉄華団が現れると、蒔苗は薄く目を細めた。
「火星の少年兵……ずいぶんと派手に落ちてきよったな」
彼はイサリビの方向を指差すように軽く顎を動かした。
「船はほぼ沈んだと聞いたが……エドモントンまで儂を届けられる戦力は、残っとるのかね?」
オルガは答えられなかった。
沈黙自体が答えであることを、蒔苗も理解していた。
ため息が漏れる。
「話は簡単だ。儂がアーブラウ代表に再選せにゃならん。そうでなければ、クーデリア嬢の理想も、お前たち鉄華団の立場も……全部、消える」
その言葉は、鉄華団の未来そのものを突きつける刃のようだった。
オルガは三日月、ビスケットを見やり――シオンを呼ぶ。
「シオンさん。あんたの戦略が必要だ」
シオンはゆっくりと前に出て、深く息を吸い込んだ。
「……蒔苗さんの仰る通り、ここからは武力だけでは突破できません」
そして、目を伏せた。
「私はかつてギャラルホルンの中で、ある三人の少年少女を見ていました。マクギリス・ファリド。ガエリオ・ボードウィン。カルタ・イシュー」
その名が出た瞬間、シオンの目がわずかに揺れた。
「理想と腐敗の狭間に立つ象徴のこどもたちでした。私は彼らの中にある歪みを知りながら、正さずに見逃した……。その結果が今、こうして貴方たちを追い詰めている」
彼は眼鏡を外し、オルガと向き合う。
「私は、あの時救えなかった少年――マクギリスの過ちを、二度と繰り返さない。鉄華団のこどもたちの命は、私が背負うべき贖罪です」
静かだが、確かな熱があった。
「残された戦力は、バルバトスとグシオンリベイク、そして最小限の資材。これで蒔苗さんをエドモントンまで届けるための、最後の戦略を立案します」
オルガは、その言葉の重さを噛みしめながらゆっくりと頷いた。
「……頼む。シオンさん。俺たちは……もう、後には引かねぇ」
焦げ付いた船体の向こうに青い空が広がっていた。
生き残った全員の吐息が、確かに前へと進む意志へと変わっていく。
鉄華団の再起が静かに始まった。
鉄血のオルフェンズ 鉄の子どもたちと戦略家の道徳 第18話
地球外縁軌道――闇と静寂が支配するその宙域で、強襲装甲艦イサリビはモンタークが唯一安全と提示した降下コースへ突入していた。
デブリ帯と重力線の乱れを縫う狭すぎる航路。
それは統制統合艦隊の防衛網の綻び――のはずだった。
シオン・レヴィは、タブレットに走る演算結果を凝視する。
彼が導いた答えはモンタークのデータと完全に一致していた。
だからこそ、信じるしかなかった。
たとえ、その男を信用していなかったとしても。
しかし、その安全性が欺瞞であったことは敵影が視界を埋め尽くした瞬間に露呈する。
「右舷よりミサイル集中接近! 防衛密度、予定の三倍以上!」
ユージン・セブンスタークの怒号がブリッジに響き、イサリビは激しく横揺れした。
シオンの計算に従い、イサリビはデブリを盾に巧みに身をかわす。
だが、敵の砲火は追いすがるように軌道を修正してくる。
――まるで、鉄華団の行程すべてが読まれていたかのように。
「地球側の艦隊……展開が早すぎる!」
ユージンの叫びを聞きながら、シオンは唇を噛んだ。
裏切りの影は、最初から道の全てを覆っていた。
モンターク=マクギリス・ファリド。
あの少年の冷たい笑みが脳裏に過る。
あれを信じた自分の選択が、今まさに少年たちを殺そうとしている。
指が震え、シオンはタブレットを握りしめた。
「……私は、また……守れないのか……」
*****
宇宙の闇を切り裂き、カルタ艦隊のグレイズリッター部隊が展開する。
バルバトスが太刀を構え、先陣を切って突っ込む。
「ユージン、左右にモビルスーツを散開! ブルワーズのマン・ロディを囮に使え!」
オルガ・イツカが喉を張り裂けんばかりに指示を飛ばす。
グシオンリベイク、バルバトス、そして鹵獲した数機のマン・ロディが散開。
マン・ロディを操るのは、かつてブルワーズで使い捨てられ、鉄華団に救われた少年兵たちだった。
「バルバトス、突破口を開く」
三日月・オーガスの短い通信。
その気配は、静かな炎のように燃えていた。
だが――。
カルタ艦隊の砲撃が、雷雨のように降り注いだ。
「マン・ロディ三番機、大破! 五番機、システム死んでる! 回避不能!」
ビスケットが青ざめた顔で悲鳴をあげる。
少年たちがようやく掴んだ、新しい居場所。
彼らを守るはずだった鉄の機体が、次々と火花を散らし沈んでいく。
「昭弘! 急いで! パイロットだけでも回収するんだ!」
「了解!」
昭弘のグシオンリベイクが巨体を弾ませ、爆炎の中へ飛び込む。
破損したマン・ロディのコクピットを抱え、火線を抜けるその姿は必死というより執念だった。
しかしイサリビも限界に近かった。
「メインスラスター損傷! 機動制御ダウン……っ! 舵が効かねぇ!」
ユージンは血が出るほど歯を食いしばる。
シオンの計算がなければ、とっくに木端微塵だったが――。
圧倒的な敵火力の前では、緻密な戦略もただの理想論に過ぎない。
オルガは震える視界をこじ開け、戦場を見た。
バルバトスは一機、また一機とグレイズリッターを撃ち落とし、昭弘は仲間を抱えて戻ってくる。
それでも――敵の波は、尽きない。
すべてが裏目に出た。
信じた情報は罠だった。
築いてきた戦力も、理想も、ここで崩れ去ろうとしている。
「……どうすれば……」
オルガの喉は声を作ることすら拒んでいた。
ブリッジに迫り、みんなの未来を奪い取っていく敵の影。
戦略の敗北に打ちひしがれ、オルガの心は折れかけていた。
その横で、シオンはメガネの奥で目を見開いていた。
マクギリスの笑み。
救えなかった少年。
そして――今まさに死なせてしまう少年たち。
二度と背負いたくなかった絶望が、胸の奥で膨れ上がっていた。
「オルガさん……! このままじゃ全滅します!」
シオンは叫び、オルガの肩を掴んで揺さぶる。
「大気圏降下です! 強行で行くしかない! ユージンさん、シールド最大展開! モビルスーツは全機放棄! ――この船だけでも、地球に落とす!!」
反射的にブリッジ全員がシオンを見る。
その瞳は恐怖でも焦りでもなく、燃え尽きそうな決意に満ちていた。
オルガはゆっくりと顔を上げる。
戦略は失敗した。
資産は失われた。
多くを失った。
それでも――。
生きている仲間が、まだそこにいる。
「……降下軌道へ移行。イサリビを――」
唇をかみしめ、オルガは叫んだ。
「――地球に落とせッ!!」
*****
イサリビは満身創痍のまま、燃えるように大気圏へ突入した。
摩擦熱で装甲が剥がれ、赤い尾を引きながら落ちていく。
ビスケットは壁に寄りかかり、荒い息のまま報告した。
「……オルガ……モビルスーツは……ほぼ壊滅。でも……全員、生きてる。昭弘の弟も……新しい仲間も……誰ひとり……死なせなかった……」
それは勝利ではない。
誇れる結果でもない。
ただの――生存。
焼けつく鉄と血の匂いの中、少年たちは砕けた希望を抱えたまま青い惑星へ落ちていく。
その未来が、どれほど険しいものであったとしても。